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49ターン
勝河 隆葉(かつかわ・りゅうは)
乱暴な声と、扉を蹴り飛ばす音。
こういう人種に出会うのは初めてではないが、この場所にまでやってきたのは初めてだ。
暴力的な音に、思わず体が竦む。
……彼は何と言った。居座り? 立ち退き?
馬鹿な。そんな話は初耳だ。管理人は何をしているのだ。
そう、こんな廃墟まがいの場所でも、管理人という名の土地の所有者はいる。
齢90は数えようかというのに老いの影響を感じさせない、妖怪のような老婆だ。
さすがにここに住む気にはなれないと見え、数百メートル離れたマンションに暮らしており、
ここにはたまにしかこないが。
……そういえば、数ヶ月前に家賃の取立てに訪れたのを最後に彼女の姿を見ない。
まさかとうとうお迎えが来たか。はたまたついに私に愛想を尽かしたか。
ただ同然の家賃はあと3ヶ月分はまとめて払っているから、文句を言われる筋合いはない。
とすると、前者か……さて、困った。
ちなみに、家賃を支払う収入源は、親戚が私名義の養育手当てを銀行口座に振り込んでいる
……という事にしている。
奴らがそんな殊勝なことをしているのはこの13年見たことがないし、そもそも私は口座など
持っていないが。
普通に口座を持っているならこんな場所など借りない、と気づくほど聡明な老婆なら、私は
最初から門前払いだったろう。
そういう意味で、ここは非常に都合がよかったのだ。
さて。困った。どうしよう。
と、思考をめぐらせている間に、また声がかけられる。今度は最初の人のよさそうな男性だ。
>「やあやあ、うちの若い者が熱くなってすまないね。
>しかし立ち退いてもらわないと我々も困るんだよ。
>ここが取り壊しが決まっているのは君も知っているだろう?」
「……知りません。初耳です。あなた達は誰ですか。
何の権利があってこんな事をしているんです。警察を呼びますよ」
ひとまず、通り一遍の文句を述べてみる。
警察など呼べるはずもなかったが。まじめに生活費の出所を追及されたら捕まるのはこっちだ。
(ひょっとしたら奴らも捕まってくれるかもしれないが、それで私の罰が軽くなるはずもない)
>「ご両親はいないのかい?
「二人とも、7年前にお花に囲まれて扉の向こうに行きました。それから会っていません」
無駄な詩的形容に、我ながら含み笑いが出る。
でも、ほんとのことだ。
夢の中の私は、人並みの長さの髪しかなかった私は、本気でそういう風に信じていたのだ。
だけど、そうやってごまかした私も、二度と両親に会えないことぐらいはわかっていて。
だから……。
「叔父さんと叔母さんは本を持っていませんから、ここには私一人です。
家賃は管理人のおばあさんにちゃんと払っています。
出て行く筋合いはありませんし、出てもどこにも……」
>そうか……出たところで行く場所は無いのか。
びくり、と体が震える。言葉が詰まる。
そうだ。どこにも行く場所はない。
笑わせる。半分は自分で言ったことなのに。
河童たちの囃し声が聞こえる。まだ能力は起動していないのに。
でも……。
>知り合いに施設を経営している人がいる。紹介してあげるからとりあえずそこに入りなさい。
>いつまでもこんな所で粘っているわけにはいかないだろう」
能力を起動した。
「粘ってって……だから、私はきちんと家賃を払っています。誰に咎められるいわれもありません。
なぜ施設なんかに入らないといけないんですか」
起動しつつも、私は普通に会話を続け、注意をこちらにひきつけようと試みる。
起動自体には特殊な現象が伴わないのが私の能力の特徴のひとつだ。ここは最大限活用させてもらう。
そして、発動した以上もう後には引けない。
私の能力のもうひとつの特徴は、発動終了後意識が失われてしまう事だからだ。
その時間は起動時間に比例するが、いずれにしてもこの状況で気絶しては終わりでしかない。
こんな状況で能力を起動するのは自殺行為かもしれない。
でも……。
「私はいやです。他人は私を馬鹿にするか貶めるか陥れるだけ。それなら一人で暮らしていきます。
お父さんもお母さんもいないなら、私は一人で過ごしていたいんです。それが今はできているんです。
だから、帰ってください。施設になんて入りません。帰って!」
演技というには少々生々しい話も交えつつ、私は言葉を継ぎ続ける。
もう少しだ。時間はかかるだろうが、こうして声を張り上げていれば『彼ら』も事態は察するだろう。
ドアの向こうに何人がいるのかはわからないが、それに対抗できるだけの人数で来てくれるはずだ。
私の能力……それは、「能力を起動している間、河童たちが『どこからともなく』現れること」
私は右手に持った新書を握り締めると、ぎゅっと胸に手を当てた。
隆葉が能力を起動してから10数分後。
外を警戒しているものがいれば、その光景に驚いたことだろう。
扁平な顔の人型の生き物が、一体、また一体とどこからか姿を現していたからだ。
その数、実に数十体。
一体一体は1mたらずで非力そうだが、数が集まれば侮れない力となる。
彼らは一様に、アパートの中から聞こえる少女の悲鳴じみた声に耳を傾けていた。
(数体耳のないものもいて、彼らは耳を傾ける者の姿を眺めていた)
破られたアパートの扉。悲鳴交じりの住民の少女の声。
何も知らない者がそれを聞けば、どちらが悪役に見えるかは自明だろう。
何より。
彼らは、少女の言葉しか信じないのだ。
(能力起動から20分前後で、河童がアパートを取り囲み、突入を開始します)
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