トップスレターン

69ターン

勝河 隆葉(かつかわ・りゅうは)



――出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、
   残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! この悪党めが!
(ある男、ある話を終えた後に曰く)

* * *

あるところに女の子がいました。
女の子は食うに困ったので盗みを働いていました。
ですが、女の子にはとてもとてもかわいそうな事情がありました。

(中略)

女の子は軽いお説教で済み、女の子をいじめていた叔父叔母は捕まりました。
そして、女の子は心配事がなくなったので、毎日幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。

* * *

……いやいやいや。
読者がいたら抗議殺到間違いなしのご都合主義展開である。
私が読者でも本を投げ捨てる事請け合いだ。

が、一度書かれてしまった物語はもう書き直せない。
ましてこれは、私自身に書き込まれた物語。
神ならぬわが身には二択しかなかった。
つまり、受け入れるか、すべてを捨てて打ち切るか。
他人事ならぬ私は、何とか別の選択肢はないかとねじ込んだ。
ここから先はつまり、私執筆の不恰好な別の選択肢である。

* * *

個室などという贅沢な施設が、今の私に与えられるはずも無い。
なので、人口密度畳1枚に一人という脅威の広さの大部屋が、今の私の居室である。
ちなみに、ざっと見回したところ、私以外の住人は皆畳一枚で寝るスペースが足りそうだ。

軽い脂汗が出続けているのが実感できる。
何を隠そう対人恐怖症気味の私に、このコンディションは荒療治以外の何物でもなかった。
園長は用事で外出。琴理と久実は何か買い物があるらしく、しばらく前に出かけていっていない。
ほとんど面識の無い子供たちの相手を私一人がまともにできるはずも無く、部屋の隅で固まったままの状態が続く。

ため息ひとつ。見慣れない三つ編みが2本、視界の両隅でゆれた。

私は、勝川隆葉は思考する。
私はここにいて本当にいいのか。
あの警官……「いぬのおまわりさん」に正直に何もかも話して、素直に縄にかかるべきだったのではないのか。
園長や久実は、私が決めたのならこれでいいと言ってくれたが……。

「逃げるな」

誰とも知れない誰かの言葉が、脳裏に反響していた。

「おねーちゃん、おねーちゃん」

と。一人の少年が、なにやら笑みを浮かべながらこちらに話しかけてきた。手には一冊の本。

「……なに」
「おねーちゃん、この本読んで」

目を丸くしたのがわかったのだろう。少年は笑みを絶やさぬまま続ける。

「あのね、おねーちゃんが来てくれて、みんな喜んでるんだよ。新しいおねーちゃんが増えたって。
 だから、そんなかちんこちんになってないで、一緒に遊んでほしいんだ」

邪気の無い言葉に、ますます目が丸くなるのが自覚できる。
……自分から壁を作っていたのがばからしくなるような一言だった。
久しぶりに、自分の顔にシニカルでない笑みが浮かぶのが分かる。

「ええ、いいわ。読んであげる」

私は精一杯の笑顔を浮かべながら、本を開く。
本の一行目にはこうあった。

「かっぱかっぱらった」




……数十分後。室内の名状しがたき状態を見て久実が大いに怒ったのは、また別のお話。

BOOKS
BOOK1「河童」
――読了


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