トップスレターン

21ターン

佐川 琴里 (さがわ ことり)


「やあやあ、店主。ご機嫌いかが? お得意様のお通りだよん。」
琴里は今、オモチャ屋の店内にいる。
ドールハウス、おままごとセット、ぬいぐるみの山、彼らはいつものように、その存在をもって来客を歓迎した。
入り口近くのテディベアを、少女はそっと撫でる。滑らかな毛並みが指の動きに沿う。
釣り下がった操り人形達は空調で微かに揺れ動く。最初は足並み揃って、徐々に不均一に。
(ここは静かで賑やかなところ。)
それが琴里の「ネバーランド」に対するイメージだ。
もう何度もこの店を訪れているのに、彼女が感じるわくわくは初めての時となんら変わらない。
「いらっしゃいませ〜」
この人物の年に似合わない笑顔も、店の名物だと言える。
それこそ正真正銘のお子様である琴里より純粋な表情で、彼は人と接する。
 琴里は手汗で少し湿った一万円札を、彼の前にひらひらして見せた。
「ふふん、おじちゃん。今日のあたしは一味違うよ。ビー玉の一粒や二粒でおさまるようなお子様じゃない。
 さぁひれ伏すが――「そんな大金、どうやって手に入れたんだい?」
「.......」

 彼女は眉根に皺を寄せた。それはもう、深く深く。琴里は窃盗や詐欺をしばしば疑われた。
能力の性質上、それは仕方のないことだが、琴里には子供なりの美徳があった。盗みはいけない。
ちゃっかり感は否めないが、この金についても琴里自身では筋を通しているつもりだ。
街の住人は、故郷の景色を忘れ去るのと同じ速度で 長年の倫理感や道徳心を捨てていく。
ルールで縛られない人間は頭脳を持つ獣だ。そしてここに住む獣達には、奇妙な力が備わっている。
もしまた元いた場所へ帰れたら、人々はそれらをどんな目で見るのだろう。彼女は怖かった。

 琴里は手のひらを額へぱちんとぶつけ、大げさによろけた。
「失礼しちゃう!なにさ、その目は。正真正銘、あたしが稼いだ一万円よ。鼠さんからのご褒美だ。」
それでも何かいいたそうなので、琴里は矢継ぎ早に話題を変えた。
「もう、そんなに誰かを盗人に仕立て上げたいなら適材がいるから。
...さっき裏路地で得体の知れない化け物が、人のポケットから器用にお札だけ抜いて逃げてったよ。」
彼女は自身の言葉を機に、あの奇妙なぬめりを思い出す。もちろん気味が悪い。
目にも留まらぬ速さで駆け抜け、懐を探り、金だけひっつかみ、財布だけをまた戻す。
カッパだ。分かりやすい獣だ。異能の象徴だ。
(私もいつか、彼らのようになるのか。倫理を忘れた獣になるのか。)
ここは人外さえも許容する街だが、琴里がそれを見たのは初めてのことだった。
あからさまなアナーキストに、彼女は嫌悪と興味を同時に覚える。

「未知あるところに我あり!おじちゃん、暇なら一緒に犯人探そうぜ!?」



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