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6ターン
稲葉 史郎
街の端っこ、閑静な住宅街に似合わない、酷い喧騒。
立派な洋館の壁を見上げているのは、警察、セコム、あとは番犬と館の主だ。
見上げる先には、いかにも異様な風体の男。
石造りの隙間に指と爪先をねじ込んで、必死に落ちまいとしがみつく。
「おまわりさん、下にいちゃあ危ねえぜ……」
警察に追われて追い詰められ、やむなく壁に取り付いたはいいが、そろそろ筋力が限界。
屋根まであと一歩なのに、次の手がかりを求める左手も虚しく石を撫でるばかり。
「今降りてきたら受け止めてやるぞ!」
「落ちたら大怪我だぞ!大人しく降りて来い!」
下で警官が随分叫んでいる。どうせ捕まるのに誰が降りるか。
でも……指が汗でっ!
「南無八幡っ!」
無様に落ちるよりマシだ、と壁を蹴って身を踊らせる。
館の主の老紳士はさっと退き、警官達は男を受け止めようと集まって手を伸ばした。
しかし、男は警官を下敷きにして助かろうなんて厚かましい輩ではなかった。
「おまわりさん、お疲れ様でっす!小市民、いつも感謝しております!」
館相応の高い立派な煉瓦屏。それに指先だけでぶら下がれた。
慌てて引きずり降ろそうとした警官より先に慌ててよじ登り、塀の上で敬礼。
きっと赤目の覆面の下はほくそ笑んでいるに違いない。
「では、俺はこの辺で!お仕事頑張ってください!」
慌てて門へ走っていく警官を尻目に、塀から飛び降りて男も駆け出す。
あと三軒程民家にお邪魔すれば振り切れるだろう。
今日は街でお仕事があるのだ、その日に警官にぶつかるなんて、なんたる不幸。
覆面だけで職質かけないで欲しい。
走りながら、ウエストバッグのジッパーを開け、手を突っ込んで中身を確認する。
ちゃんと全部あった、こんな値打物を落としたら一大事だ。
改めてジッパーを閉め、また塀をよじ登る。
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