トップスレターン

67ターン

唐空 呑(とうから どん)



「今みたいな生き方、ならな。現実から逃げるな」
事切れるように眠りにつく少女に僕はそう言った。
「…」
少女に同情してなのか、それとも、何か気に入らなかったのか先生は僕を咎めた。
終始無気力な雰囲気を漂わせていた彼女が、こうも食って掛かるということは
よほどのことなのかもしれない。
だが、それで退くつもりは無い。
「やさしい言葉だけじゃどうにもならないことだってあるんですよ。
 それに正論がとおr」
治療中の先生に反駁しようとした瞬間、佐川ちゃんが割って入った。
…確かに、ここで口論するなら、さっさと事後処理を始めたほうがいいのかも知れない。
「…ッ」
僕はそっぽを向き、浮かせておいたケーキをまた食べ始める。

視線を玄関のほうへ移すと、橘川さんが申し訳なさそうに部屋に入り
少女を背負う役目を引き受けてくれた。
「…大事なのは本をどう使うかじゃなく、本とどう向き合うべきか。
それが大事だと僕は思ってます」
彼が不意に漏らした一言に、つい言葉が漏れた。
外の人間はただ危険というだけで、僕達を隔離した。
しかし、そうやって乱暴に押し込めるだけでは何の解決にもならない。
本も車の運転免許のように、使い方、向き合い方を教える機関や組織があれば
外の世界でも普通に暮らせるはずなんだ。

そうしている最中に姫郡が(施設にメール、と言っているがおそらくは)
警察に連絡する。
もう暫くもすれば、警察がここに来て…そして、この事件は終わりだ。

ふいに、姫郡が淡々とあの件について告げる。
「…そうか、気が変ったら言ってくれ」
僕は彼女の顔も見ずに、そう返した。
ケーキ屋での返答とは違って、戸惑いからではなく何かあるような言い方だ。
これ以上の勧誘は無駄なのかもしれない。
でも、勧誘には失敗したが…きっとどこかでまた会うことになるかも知れない。

あの後、事情聴取を受け、そして──

数日後、あの事件の担当の刑事から電話を貰った。
彼女が自供しない限りは、スリの犯人として逮捕することは難しいようだ。

…正直、悔しい。
仮に河童が勝手にスリをしていたとしても、彼女が能力を行使しなければ済む話だし
あの時、確かに彼女は自分の意思で能力を使い、河童たちを僕らに差し向けた。
つまり、初めからそうするつもりでスリを働いていたってことになる。
事情聴取のときもそう答えたつもりだが…人情か、それとも同情の念か。
まぁ、二度とこんな真似が出来なくしただけでも満足しておくか。
僕はその件について考えるのをやめると、鞄からグルメ雑誌を取り出し適当にページを捲った。
「…そうだな、久しぶりに『猿蟹』のおにぎり定食でも食べるか」


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