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17ターン
姫郡 久実(ひめごおり くみ)
「脇が…がら空きですよ!」
「ぬぐぉ…っ!!」
緑の木刀で、強烈なレバーブロー…すなわち肝臓を強かに打ち据える
攻撃を食らい、リーダー格の男も昏倒する。
「…ふう。ご安心を…これでも、手加減はしましたから」
そもそも彼女の振るう武器に刃は無いので、峰打ちも何もないのだが…。
まるでCGのように、緑の木刀が揺らいで元の状態──瓜の蔓に戻り、
巻尺のようにシュルシュルと彼女=姫郡久実の腕の中に吸い込まれていく。
「大丈夫ですか…立てます?」
「あ、ああ…すみません。有難う」
『都会のネズミ』──実業家としては有能過ぎるほど有能なのだが、
成功すればするほど…トラブルや弱みを抱え込むリスクも
負ってしまう能力者氏は、手を引いてもらって申し訳無さそうに立ち上がる。
「…私が言うことでは無いかも知れませんが、警察では」
「いえ、分かっています。事情聴取には正直に応じますよ」
【Link:佐川 琴里 14ターン】
…と、そこへ。
「え、琴里!?」
先刻までの凛とした冷静さと真摯さは何処へやら、突然顔を出した
妹分兼トリックスター兼トラブルメーカーの出現に、目を丸くして
ギョッとなる久実が、そこに居た。
……
「まあ、でも姫姉ちゃんが暴れるってことは、
この人達、何か悪いことしてたんでしょう?」
「暴れ…あのねえ、これは暴れてるんじゃなくて自警団活動だって…
ちょ、お姉ちゃんの話、聞いてるの?」
そう。一応この街も行政区である以上、セキュリティは存在している。
が…住民の大半が「BOOKS」と呼ばれる特異能力者であり、通常では
考えられないトラブルや事件が頻発してしまう性質上、能力者と非能力者の
混成による警察や消防では対処しきれないことも多く…
半ば「暗黙の了解」的に、能力者住民有志による【正当防衛の範囲内での
自警団活動】が認められていた。
それは明治維新以前の日本における奉行所と岡っ引きの関係に、
似ていなくもなかったが…。
……
「これはお礼として貰っておくね。いいでしょ?」
「!?…こら、あんたはまた…待ちなさい!!」
慌てて手を伸ばすが…武道で培った久実のそれをもってしても、まるで
エサを攫っていくツバメのような琴里のすばしっこさには届かない。
「もう、あの子は〜〜〜!!あ、す、すみません…よく言って聞かせます、
お金も必ずお返ししますから…」
「あ、いやいや、いいんですよ…」
急に降ってわいた日本銀行券の山に、再び腰を抜かした『ネズミ』氏に
平謝りし、自分も散らばったお札をかき集め始める久実。
「ああ、いたいた。おーい、大丈夫かい?」
「あ、野田山さん…こっちです。あの、大きな袋ありませんか?」
顔見知りの…『犬のおまわりさん』率いる警官隊・救急隊に手を振りながら
久実はふと、ある大事なことを忘れていることに気づいた。
「あ、えーっと、遅くなりました…さっきは助太刀、どうもありが…
あれ?どうしました?お腹、やられたんですか?」
痛みにうめきながら搬送されていく3人組を横目に、
お札回収や警官隊への対応、そしてもう1人の見知らぬ学生服の少年への
声掛けなどを一度にこなしながら…久実の脳裏にはもう一つ、気がかりな
ことがこびりついていた。
アレは琴里が言うような『透明な何か』では無い。
それこそ「目にも止まらぬ早業」で、ぬめぬめとした『碧色のような
何か』が、慣性の法則も何もかも無視して、その場にいる人間達の
ポケットや懐から少しずつ…サッサッサッという感じで目ぼしいものを
掠め取って行ったのだ。
その時点で闘いに臨んで貴重品をコインロッカーに預けてきた久実は、
被害を受けていない。琴里は…どうだろう、帰ったらお小言ついでに
何か無くなっていないか尋ねてみよう。
そう、あれは多分…妖怪の類。となると、山羊のグローブで敵を1人
減らしてくれた彼の仕業ではあるまい。ちらりと見える、彼の持つ
「本」の表紙を見てもそれは明らかだ。
それにしても…あのヌメッとした碧い手で、袖口や胸元の懐や袴の中を
探られなくて済んだ…と考えると、少女は年相応の恥じらいでもって
ぶる、と身を振るわせたのだった。
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