トップスレターン

37ターン

勝河 隆葉(かつかわ・りゅうは)


お坊さんのお経と、ひそひそ話をする声が私を包む。


その光景は奇妙に歪で、現実味がなくて。
ああ、これは夢だ。私はそう理解する。
そういえば、髪の毛が脚に触れる感触がない。
つまりこれは過去の夢だ。私の中の客観視する部分がそうつぶやく。

周りの人たちが、ちらり、ちらりと私を見る。
そしてまた、ひそひそ話を続ける。
お坊さんは、私の方を見もしない。
ただ一心に、お経を唱え続ける。

誰もが一様に暗い表情をしていて。
誰もが一様に沈痛な面持ちで。
だけれども、何故だか私には、彼らのそれが嘘だと分かっていた。

今の私であれば、だって、河童の方がよほど人間じみた顔つきをしているもの、とでも評しただろうけど。
過去の私は、河童と出会っていなかったから、そう言う事は出来ず。
代わりに、子供じみたこんな感想を抱いていた。

こんな顔の人たちしか世界にいないなんて。
本当だったら、悲しすぎるから。


お経が響き、ひそひそと耳障りな声が響き続ける。
いつまでもそれが続いているような錯覚すら覚え始めた私が、ふと我に返った瞬間。
目の前で扉が閉まる音がした。

堰を切るように過去の私がわめき始める。
馬鹿。今さらわめいたってどうにもなるものか。私の中の客観視する部分が嘲る。
もちろん過去の私にはそんな声は聞こえず、ただただ叫び続けるのだ。

助けて、誰か助けて。
早くあの扉を開けないと……。

扉が乱暴に蹴破られる音で目が覚めた。
無理な姿勢での眠り……と言っていい物かどうか……に悲鳴を上げる体に鞭を打って、体を起こす。
ついに来るべき時が来てしまったのだ、という感慨に耽ろうとする頭を、抱える代わりにひっぱたく。

部屋の中は一瞬前の記憶のまま、日本銀行券が散らばっていた。
まだ、この部屋に誰かが侵入した形跡はない。
助かった。一手で詰みまで持っていかれていたらどうしようもなかった。
音の大きさからして、あれはこの長屋……という名のアパートの入口の扉を破った音だろう。
まだ、時間的にある程度余裕はあるはずだ。
私は、まず部屋に散らばる日本銀行券をかき集め、一枚残らず衣装箪笥の2番目の引き出し……普段は使わず、空き段だった……に突っ込む。
この間、約5分。

次に、私は部屋に転がる文庫本を見、数秒思案する。
馬鹿正直に手に持っていては、これは大事な物です、と言っているような物だ。
どうするべきか。選択肢はあまりなかった。

「……やれやれ。いざとなると変な結論しかでないのね」

私はため息をつくと、ワンピースの胸元を数度、試すように引っ張った。

【状況説明】

【Link:姫郡 久実 36ターン】

幽霊長屋。
それは、町はずれにある木造の二階建てアパートの通称である。
管理が放棄されていて荒れ放題……と、呼称を聞いた人間は考えがちだが、
実際に足を踏み入れた人間は、そこまでひどくはない、という感想を持つだろう。
老朽化は否めないが、実は人が住んでいる、と言われてもぎりぎり納得できるレベルの荒れ具合ではあった。

唐空が蹴り破った扉を開くと、ロビー、というべきだろうか。畳を敷けば四畳半程度の広さの部屋があった。
板張りの床がむき出しだが、埃は薄い。誰か掃除した人間がいるのだろうか?
そこからは、左右に幅2m、長さ10mほどの廊下が伸び、正面には2階に上がる階段がある。

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