トップスレターン

41ターン

詩乃守 優(しのかみ ゆう)



 結局のところ、私は『先生』で固定されてしまったみたいだ。そんな立派な存在ではないのに。
 そして姫郡さんから現在の街の現状を丁寧に教えてもらう。根無し草が過ぎたのかどうにも私は世情に疎い。
 まあ新聞もTVも読まないし見ない、携帯だってとっくの昔に動かなくなっているのだからしょうがないと言えばしょうがない。
 ともかく、今、この街は釣合のバランスが全く取れていない状況なのは理解できた。要は処理オーバーだ。

>「詩乃守先生という貴重な良識派ゲットだぜ!おまけに姫姉ちゃんの簡単かつ的確な紹介まですませちゃいました。」

 叱る様な姫郡さんの視線など物ともせずに琴里ちゃんはそんな事を言ってのけた。
 いや、物ともせずは言い過ぎか。本当に何とも思ってなければ私の後ろに隠れはしないだろう。
 ところで先ほど琴里ちゃんに危険人物と称されたうちの1人の姫郡さん。彼女は多分そこまで危険人物ではない。
 ハッスルすると激ヤバ、とは言うけど、ギリギリで自分をセーブのできる子だ。まあ、琴里ちゃんも大げさに言ったのだろうけど。
 それで、もう1人の危険人物。唐空さん……彼はよく分からない。今のところは正義感に燃える若者と言ったところだろうか?
 そんなこんな考えていれば噂の幽霊長屋に到着する。
 どうやら此処が件のスリ騒ぎの首謀者の活動拠点らしい。唐空さんは一体どうやってこんな情報を入手したのやら。
 唐空さんから軽い陣形の説明を受け後、彼が蹴り壊した扉から幽霊長屋に潜入を開始した。
 前衛、中衛、後衛の3つに分け、幽霊長屋を進み歩く。一歩歩を進める度にギシリと床が軋んだ。
 カビの匂い、腐った木の匂い、へばり付く様な粘着質な空気。だけども、私にはあまり不快に感じない。
 というよりも、壁と屋根があるだけで十分上等だ。水道があれば泣いて喜ぶところだろう。
 
>「ここ、小学生の間じゃ結構有名な心霊スポットなの。長屋にどこまで近づけるか度胸試ししたりね。
  院長先生なんかあたしらが悪さすると『幽霊長屋に閉じ込めてしまいますよ!』って決め台詞。
  でも実際目の当たりにすると、古き良き日本家屋なんだねぇ...安心したと言うか幻滅したと言うか。」


>「ワクワクドキドキするようなものって、案外そんなものなのかもしれないな――
謎があるからこそ面白い」


>「次で最後の部屋だ。あそこに何も無ければ今日のところはお開きかなぁ。」

>「…お琴、あんたまた昨夜、こっそり夜更かししてゲームしてたね?
  今夜はお姉ちゃんの横で寝なさい。見張ってるから」


「……ん、だったら早めに寝た方が良いです。寝不足はお肌の敵ですよ? 若いうちはまだ実感わかないと思いますけど、ね」

 琴里ちゃんの早くも眠そうな言葉と囁く様な姫郡さんの言葉。それにつられるように私も小さく薄く笑うように呟く。
 橘川さんの言う通り、『噂の内』がもっとも面白い物なのかもしれない。

>「失礼……どなたかいるかな?」

 先程まで漂っていた緊張の空気は弛緩し雲散していく、それでも橘川さんの言葉と共に全員が扉に注目している時。
 私は後方を確認していた。というよりも、逃走経路のシュミレーションを何度も頭の中で繰り返していた。
 いざという時は逃げる、最初から宣言していた通りに。私一人でも無事に逃げ切る。
 今、目の前にいる正義の皆様には申し訳ないが、私にとっては、誰がどの能力をどう使おうと、どうでもいい。
 犯罪に使おうと欲望に使おうと好きにすればいい。そして、出来れば私に迷惑を掛けないでくれると有難い。
 これが、私の今現在の素直な心境。多分、この中で一番の異物だろう。
 私はぶかぶか白衣の内側の掌に、先ほどトランクから抜いておいたメスを忍ばせる。
 人体をバターのように切断する切れ味を有するこのメスは、下手なナイフよりも危険物だ。
 使ったことはないし、使わないに越したことはないが、『何か』に襲われたら使わざるを得ない。
 しかし、何はともあれ逃げる事。一応、ここまでついて来たことでケーキの恩は支払っただろう。多分。
 後方に注意を払いながらも、僅かな意識を前方に向ける。いつでも逃げれるように。
 私の目的は正義でも救助でもなく『治す』こと、そしてその欲望は……。


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