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57ターン
勝河 隆葉(かつかわ・りゅうは)
意外に思われるかもしれないが、私こと勝川隆葉は、自身を不運だ、不幸だ、と思ったことはない。
ただ、私の出来上がり方がどうしようもなく間違っているだけだ、と認識している。
私はどうしようもなく出来損ないで、社会の要求水準に適応できていないだけ。
その出来損ないの後始末を、お父さんとお母さんにまでさせてしまっただけ。
だから、私は不幸を呪わない。不運をなじらない。
ただ、現実に適応しようともがくだけだ……。
扉が蹴破られた。
その時には、すでに河童たちは結集しており、すぐにその不埒者を捕らえようと動き出す。
それはすぐに完了した。……というか、なぜか向こうから放り投げられて空中を飛んできた。
なんだろう、仲間割れだろうか。いずれにせよこちらには好都合だ。
蹴破られて全容が見えた。相手は子供も含めて全部で6人。うち1人はすでに捕まえた。
「不埒な連中を捕まえよう、皆の衆! 我らの平穏を守るのだ!」
シャウさん(バリトン歌手)が持ち前のいい声で河童たちを先導する。
彼はそれしかやる事がないから、声にも気合が入ろうというものだ。
それにつられてか、チュチさん(ラグビー選手)がタックルを決め、太った男性を吹き飛ばす。
彼はそのまま遠くに転がっていってしまった。……何なのだろう。遊び?
そして、滑り込むように部屋に入ってきたのは3人。
薄汚れた白衣姿の女性。
こまっしゃくれた感じの子供。
セーラー服姿の、私と同年代程度の娘。
奇しくも全員女性だ。表から声をかけてきていたのは男性だったのだが……まあいい。
彼女たちは私の姿を見て、どう思っただろうか。
膝を折って地面にぺたんと座り、床まで伸びた髪をざんばらにした、濃い青色のワンピースの少女を見て、
何を思っただろうか。
憐憫? 侮蔑?
残念、どちらも私には不要なものだ。
だから……と、口を開きかけたところに。
>「……あの、逃がしてくれません?」
「……」
超展開。
これには私も呆然とするしかなかった。
>「……ん、いや、私はほら正直、貴女がどう能力を使おうが勝手だと思ってます。貴女には微塵の興味もありませんし。
> 私も自分の都合で能力を使ってるから貴女をどうこう言う資格もないですし。
> それに、話半分に聞いてましたけど、人と接するのが嫌ならソレも結構だと思います」
> 言葉の最後に、1人で勝手に生きて勝手に死ぬのもまた人生ですし、と付け加える。
「……え」
肯定? 私の生き方を肯定しただって?
嬉しいとか悲しいとかより前に唖然とするほかない私。
>「……私は貴女に危害を加える気はありません。能力も戦闘向きではありませんし。
> なので、逃がしてくれると大変有難いのですが……」
> そこまで言うと、私は小脇に抱えた本を少女の足元に放り投げる。
> ついでにトランクと、隠し持っていた鈍く輝くメスも少女の前に同時に放り投げた。
「な、なな、なにを……」
失礼、噛みました。
あまりの展開に頭がついていっていない。
>「……逃がす気がないならそれで私を殺してください。本を手放しているので能力は使用できません。
> 無傷で此処を出るのは難しそうですし、正直こうなっちゃうと無理矢理逃げるのもメンドクサイいんで。
> ちなみに痛いのは嫌なので出来れば即死させていただけると嬉しいのですけど……。
> ……あ、それとも、私を人質にとって逃げてみますか?人質の役割を果たせるか疑問ですけど」
「望みとあらば」
え。
いや、この地の底から這い出るような声は、私の声ではない。
これは……。
「……ディクティルさん?」
「然様、然様。覚えてくれたようですな、嬢さん」
そういって一歩進み出てきたのはディクティル氏(医師)だった。
白衣をずるずると引きずって歩くさまは、目の前の女性とあいまって医師に対する戯画化に見える。
「我輩の所見では、そこの女性は産道で答えを間違えたと見えますな。
いや、それとも何かの間違いで聞かれなかったのか」
思い出す。河童のエピソードのひとつ。
出産直前の胎児に、産まれるか否かと問いかけるシーン。
産まれたくない、と答えた胎児には……。
当然、人間にはそんな機会はない。
「なれば、来た所に返すが相当でしょう。
そうできなければ、それに似たところに返すが相当でしょう。
なに、痛むことはない。我輩は医者ですからな」
そういうと、ディクティルさんはメスを拾い上げ、クルリ、とまわした。
それが妙にさまになっていて、私は笑むように口を開ける。
なぜか、口の中はからからに渇いていた。
>「死ぬとか殺されるとか、悲しいこと言わないで!」
子供がわめく。
うるさい、何もわかってないくせに。
『彼ら』がどういう存在か、そもそも読んだこともないくせに。
『彼ら』がそうしているのは、人間が、私がそのようにしてきたからなのに!
>「君!警察が来る前にスリなんて馬鹿なことや止めて!捕まったら少年院送りだよ?!君はさっき、施設での生活を拒んだけど、
>それと比べ物にならないくらい酷い場所だ!自由がない檻の中で、看守は君を陥れ貶め馬鹿にするんだ、犯罪者のレッテルを貼られた君を!」
「嗚呼! ティクティク翁め、しくじったな!」
シャウさんがわめく。
「かくなる上は、かくなる上は! かくなる上は口を封じねば!」
「うるさいわ」
苛立ったような私の声に、ぴたり、とシャウさんが黙る。
「やっぱりそういう理由だったのね。立ち退きだなんて、いやな冗談。最初からそういえばいいのに。
でもね。罪があれば、罰がある。……そんな理屈で罪をやめさせようなんて、甘いわよ、子供」
まったく、舌だけはうまく回る。
『彼ら』と生活するうちにすっかりそうなってしまった。
「罪には罰がある。なら、生きることが罪なら、生きようとするために罪が必要なら、私はどう生きればいいのかしら?」
ガキの理屈だ。自分でもわかる。
でも、私はそれにすがって生きるしかないのだ。
「ディクティルさん、手早くね。それから、他の皆さん、早く……」
早く、何をしてといおうとしたのか。
自分でもわからないうちに。
「クァァァァッ!」
青年を羽交い絞めにしていたパッパさん(ゴロツキ)の悲鳴が上がった。
見ると、彼の目をめがけて執拗に文房具が飛んできている。
おかげで、羽交い絞めにしていた腕が離れてしまったようだ。
何事かと見回すと。
「……妖、精?」
もうなんでもありだった。
右手の新書と、胸を押さえる左手に力が入った。
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